大判例

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大分地方裁判所 昭和24年(行)2号 判決

原告 織部秀彦 ほか一名

被告 大分県農地委員会

一、主  文

原告織部秀彦の請求は棄却する。

被告が別紙物件目録記載の農地に付いて昭和二十三年十一月十一日訴第七七号を以てなした裁決は之を取消す。

訴訟費用は之を二分し原告秀彦と被告をして各其の一を負担せしめる。

二、事  実

原告等訴訟代理人は被告が別紙物件目録記載の農地に付いて昭和二十三年十一月十一日訴第七七号を以てなした裁決は無効であることを確認する。被告がなした前記裁決は之を取消す。訴訟費用は被告の負担とするとの旨の判決を求め、其の請求原因として、原告織部シズヱは原告織部秀彦の二女で昭和三年七月四日訴外佐藤伊津雄を婿養子に迎えたが、伊津雄は同十六年五月二十日妻子を連れて分家した。

原告秀彦は其の所有であつた別紙物件目録記載の農地(以下本件農地と称する)を右分家の際原告シズヱに贈與して所有権を移轉したのであるが、当時原告シズヱの夫伊津雄は金銭を濫費し多額の負債があつたので、同人が勝手に本件農地を処分することを虞れ原告シズヱに本件農地の所有権移轉登記をなすことを見合せていたのである。ところが右伊津雄は同二十年十月六日死亡したので原告シズヱは原告秀彦に右移轉登記をなす様請求したが、原告秀彦は移轉登記手続が面倒だとの口実で應じないため原告シズヱは同二十二年二月十九日大分地方裁判所に原告秀彦を相手として本件農地の贈與による所有権移轉登記手続請求訴訟を提起した結果、同年六月十七日原告シズヱは勝訴の判決を受け、同年八月二十六日其の判決に基き移轉登記をなし、茲に名実共に原告シズヱの所有となつたのである。

然るに訴外大分市府内地区農地委員会は同二十二年十月一日本件農地を原告秀彦の所有であると誤信し、自作農創設特別措置法(以下自作法と略称する)に基き保有制限超過小作地として買收計画を樹て公告したので原告秀彦は自分の所有農地でないから右買收計画は違法であるとて右農地委員会に異議の申立をしたが、同年十月三十一日附で却下された。そこで原告秀彦は同年十一月八日被告に対し右買收計画取消の訴願をしたところ、被告から同二十三年十二月二十二日に至つて同年九月二十七日付の裁決書の謄本(謄本の日付は同年十一月十一日付)の送達を受けたが、右訴願は理由がないとの趣旨の裁決であつた。

本件農地の所有権は前述の様に同十六年五月二十日所有者たる原告秀彦から贈與により原告シズヱに移轉し原告シズヱは同二十二年八月二十六日所有権移轉登記も完了したものであるから、其後にいたつて原告秀彦の所有として原告秀彦に対しなした買收計画は無効であるから之を認容した被告の裁決も亦無効と云うべく、茲に本訴で無効確認を求むる次第である。

仮りに右買收計画が当然無効でないとしても之は前記理由で違法として取消さるべきものであり、之を認容した被告の裁決も同様取消さるべきであるから本訴で裁決の取消を予備的に請求するものである。原告シズヱは本案前の被告の抗弁に対しては、前記の様に買收計画は原告秀彦所有の本件土地として樹立公告せられ且買收通知もないため、自分所有の本件土地につき買收計画が樹てられたことを全然知らず、從つて異議訴願もしなかつたのであるから、これらの手続を経ずとも直に適法に本訴を提起することが出來るのである。

次に被告の登記欠缺の抗弁に対しては、本件農地を買收するのは政府であるが、政府は同二十二年十月一日の買收計画樹立以前に判決に於て又登記に於て或は徴税に於て、総て原告シズヱに所有権が移轉した事実を認めて居るので登記の欠缺を主張することが出來ないのは勿論であると共に、同二十年十一月二十三日迄に移轉登記が完了していないでも買收計画樹立当時は既に登記が完了している以上は被告は登記の欠缺を主張することが出來ないことは明白である。

仮りに買收計画は自作法附則により同二十年十一月二十三日当時の事実に基いて樹立し得るとしても買收計画当時既に移轉登記がなされている以上は自作法第六條により買收すべき農地の所有者の氏名住所等を公告すべきであるのに、被告抗弁の様なものとすれば、右十一月二十三日以後に右農地の競賣又は公賣により正当に所有権を得た者でも農地の買收代金を受取ることが出來ずに却つて正当な手続を経て所有権を失つた右十一月二十三日当時の所有者即ち前所有者が再び買收代金を受取ると云う不合理な結果となるから被告抗弁は全く理由がない。即ち買收計画樹立当時の所有名義人に対し一切の手続を爲すべきである。從つて右十一月二十三日当時の所有名義人たる原告秀彦に対し一切の手続を爲した買收計画は違法であり被告抗弁は理由がない。

更に贈與による農地の所有権移轉に関しては知事の許可を要すると被告は主張するが、原告秀彦が原告シズヱに本件農地を贈與したのは前述のように同十六年五月二十日であつて当時は農地の所有権移轉については知事の許可がなくとも有効であつた。

其他原告等主張に反する被告の主張は之を否認すると述べた。

被告訴訟代理人は、原告織部シズヱの訴は之れを却下する。訴訟費用は原告シズヱの負担とするとの判決を求め、答弁として、原告シズヱは本件農地の買收計画に対して異議も訴願もしないで直に裁決無効確認並びに裁決取消の訴訟を提起して居るが、農地買收に付いては異議や訴願を経て始めて裁決取消の訴訟を提起すべきものであるから同人の本訴は不適法として之を却下すべきであると述べ、本案について原告等の請求は之を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め、答弁として、

訴外大分市府内地区農地委員会が昭和二十二年十月一日原告等主張の本件農地を原告織部秀彦の所有で且自作法第三條第一項第二号の保有制限超過小作地として買收計画を樹てたのに対し原告秀彦から適法な期間内に異議の申立があり、同年十月三十一日之を却下したところ、更に同人から同年十一月八日被告に訴願を申立て同二十三年九月二十七日訴願棄却の裁決をなし該裁決書の謄本(謄本の日付は同年十一月十一日付)が同年十二月二十二日原告秀彦に送達されたこと、及び本件農地につき同二十二年八月二十六日原告等主張の様な確定判決により原告秀彦から原告シズヱに所有権移轉登記があつたことは孰れも之を認める。然し右買收計画は同二十年十一月二十三日に遡及してなされたもので当時の所有者は原告秀彦であるから該計画は正当である。

原告等は本件農地は原告シズヱが同十六年五月二十日所有者たる原告秀彦から贈與を受け所有権を取得したものであると主張するが之は否認する。仮りに贈與が眞実であつたとしても原告シズヱは同二十年十一月二十三日当時は未だ移轉登記を受けていないから第三者たる訴外府内地区農地委員会に対し所有権を対抗することは出來ないので買收計画は正当である。次に農地の所有権移轉については農地調整法第四條により府縣知事の許可を受けて移轉登記すべきであるのに原告等は本件農地の贈與及び移轉登記については右許可手続を回避し合意で主張の様に大分地方裁判所に出訴し認諾的判決を受けて移轉登記を完了したもので、即ち保有農地の超過買收を免れんとする脱法行爲であるから無効である。

以上の理由によつて買收計画は違法でなく之を認容した裁決は正当であるから原告等の裁決無効確認の請求は勿論訴願却下の裁決の取消請求も共に認容すべきでない。

原告等其余の主張事実は不知である。と述べた。(立証省略)

三、理  由

原告秀彦関係に付いて、

原告秀彦及び其の二女原告シズヱが昭和三年七月四日訴外佐藤伊津雄と婿養子縁組及び婚姻を爲し、伊津雄が同十六年五月二十日妻子を連れて分家したこと並びに伊津雄が同二十年十月六日死亡したことは成立について爭ない甲第十四号証によつて明白である。そして訴外大分市府内地区農地委員会が同二十二年十月一日本件農地を原告秀彦の所有で且自作法第三條第一項第二号の在村地主の保有制限超過小作地として買收計画を樹てたのに対し原告秀彦から適法期間内に異議を申立てたが、同年十月三十一日却下されたので更に同人は同年十一月八日被告に訴願を申立てたところ、同二十三年九月二十七日訴願棄却の裁決あり、該裁決書の謄本(謄本の日付は同年十一月十一日付)が同年十二月二十二日原告秀彦に送達されたことは当事者間爭ないところである。次に原告秀彦が其の所有の本件農地を前記分家の際原告シズヱに贈與したがその所有権移轉登記をしてなかつたと主張するので案ずるに、成立に付いて当事者間爭ない甲第一号証、甲第三号証乃至第十三号証と証人植木善雄、同織部傳の証言及び原告秀彦、原告シズヱの各供述を綜合すれば原告秀彦は大分市内の素封家で子女が多かつたが、原告シズヱに対しては前記分家の時に本件農地を他の子女には同十八年及び其の後に、夫々財産を贈與して登記を済ませたが、本件農地に付いては原告シズヱの夫である伊津雄が当時金銭を濫費し多額の負債があつたので、若し直に原告シズヱに所有権移轉登記をすれば伊津雄が勝手に本件農地を処分するかも知らんとの虞れから時機を待つことにして登記を見合わせて居たことが認められる。被告提出の成立に爭ない乙号各証及び各証人の証言を綜合すると、本件農地は原告秀彦所有時代から小作に出して小作料も秀彦に納入し、シズヱに地主が変更した通知もなかつたこと、又昭和二十一年十一月二日農地の所有権を有するものの申告として原告秀彦が本件農地を自分の所有地として申告して居た事を認めることが出來るが、これは本件農地はシズヱに贈與後も親子の関係からして秀彦がシズヱに代つて依然として小作人から小作料を受取つて本件農地の税を納めて居り、又右申告当時は夫だ移轉登記をしてなかつたので所有名義人たる秀彦が自分名義で申告していたに過ぎないのであつて、前記分家の際既に贈與によつて所有権がシズヱに移轉していたとの認定を覆すことは出來ない。而して原告秀彦は同二十二年二月十九日原告シズヱから大分地方裁判所に本件農地の所有権移轉登記手続請求の訴訟を提起されて敗訴し、原告シズヱは右判決に基いて同二十二年八月二十六日移轉登記を爲したことは被告の認めるところである。被告は農地の所有権移轉については農地調整法第四條により知事の許可を受けて移轉登記すべきであるのに、原告等は本件農地の贈與及び移轉登記については右許可手続を回避し合意で認諾的判決を受けて登記を完了したもので、之は保有農地の超過買收を免れんとする脱法行爲で無効であると主張するが、本件贈與による所有権移轉は前示認定の通り昭和十六年五月二十日眞実に爲されたものであり、その当時は農地調整法には被告主張の如き知事の許可を受ける規定はなかつたし、又臨時農地等管理令第五條所定の耕作以外の目的に供する爲の讓渡でもなく、尚判決に基く移轉登記も前記適法な移轉による登記で、本件は適法であつて脱法行爲との証左はない。然しながら原告秀彦は以上認定の様に同十六年五月二十日本件農地を原告シズヱに対し贈與して所有権を喪失し、且其の移轉登記も既に判決に基いて同二十二年八月二十六日完了したのであるから、現在では本件農地の買收計画や被告の爲した裁決たる行政処分に付き爭うべき何等の利益を有しないもので結局秀彦に関する限り訴の利益がないものと云わねばならず、同人の本訴は失当であるから棄却する。

原告シズヱ関係に付いて、

先づ被告の本案前の答弁に付いて案ずるに、農地買收に付いては異議や訴願を経た後でなければ行政廳の違法処分として取消の訴を提起することが出來ない事は行政事件訴訟特例法第二條に明記するところであつて、原告シズヱが本件農地の買收計画に対して異議も訴願も経ずに直に被告の爲した裁決の取消を求めて本訴に及んでいる事は当事者間爭がない。ところが原告シズヱ及び原告秀彦の供述及び弁論の全趣旨を綜合すれば、原告シズヱがその父たる原告秀彦から其所有たる本件農地を昭和十六年五月二十日贈與を受けて所有権を取得したが、都合により移轉登記を見合わせ同二十二年八月二十六日確定判決に基き該登記を完了したものである。そのため本件買收計画樹立の基準時であつた同二十年十一月二十三日当時は登記簿上の所有名義人は原告秀彦であつたので、買收計画は原告秀彦の所有する保有超過小作地として樹立し公告其他の諸手続もなしたのである。從つて原告シズヱは女性で法規にも暗く、且自己所有の本件土地について買收計画が樹てられていることも全然知らず異議や訴願もしなかつたのである。却つて原告秀彦は自己所有地として買收計画が樹てられていることを知り、自分名義で爲すべきものと考え右計画を違法なりとして異議、訴願を爲したものであるが、この事実も原告シズヱは知らなかつたものであることが認められる。左様な案件であるので原告シズヱの場合は前記特例法第二條但書の「その他正当な事由があるとき」に該当すると解し異議、訴願を経ずして直に本訴を提起し得るものとするを妥当とし被告の右抗弁を排斥する。

次に本案に付いて考えるに原告シズヱと原告秀彦と訴外佐藤伊津雄との身分関係、伊津雄の分家及び死亡に付いての原告シズヱの主張は前記甲第十四号証により認められる。又原告シズヱ主張の様な買收計画が樹立されたこと、原告秀彦が異議、訴願したが何れも理由がないとて却下又は棄却されたこと及び棄却の裁決書の謄本が同二十三年十二月二十二日原告秀彦に送達されたことは被告の認めるところである。

次に原告シズヱが父秀彦から同十六年五月二十日の分家の際贈與を受けたが、夫伊津雄に無断で処分されるのを虞れ所有権移轉登記をなすのを見合せていたことは前記原告秀彦に関する証拠説明と同様に認めることが出來、被告挙証で該認定を覆し得ないことも前記説示の通りであつて原告シズヱが同二十二年二月十九日原告秀彦を相手に大分地方裁判所に贈與による本件農地の所有権移轉登記手続請求訴訟を提起し、原告シズヱ勝訴判決に基き同年八月二十六日移轉登記を完了したことは被告の認めるところである。被告は右農地の所有権移轉は農地調整法第四條により知事の許可を受けて移轉登記すべきものを、原告等はこれを回避し合意で認諾的判決を受けて登記し保有農地の超過買收を免れんとする脱法行爲だから無効であると主張するが、前記認定の通り同十六年五月二十日眞実に贈與を受けたもので当時は知事の許可を受ける規定もないし判決も右眞実の贈與による所有権移轉を認めたもので毫も脱法行爲たる証拠がない。原告シズヱは買收計画は樹立する当時の事実に基いて爲すべきものであるのに本件はそれより以前の同二十年十一月二十三日の事実に基いて計画されたから違法であると主張するが、自作法では第一次改革後の農地の強制的譲渡を回避せんとする地主側の脱法行爲を防止するため政府の当然買收する農地の買收計画は原則として右改革発表の日である同二十年十一月二十三日当時の事実に基いて定むべきものであることは明白であるから原告主張は理由がない。被告は仮に原告シズヱ主張の通り同十六年五月二十日原告秀彦から眞実に贈與を受けたとしても同二十年十一月二十三日当時の登記簿上の所有名義人は原告秀彦であり、即ち原告シズヱの所有名義人でなかつたので原告シズヱは第三者たる訴外府内地区農地委員会に対し所有権を対抗することが出來ないと抗弁するので案ずるに、農地買收処分は国家の行政権が公権力で農地の強制買上を行うもので国家と人民間は公法関係である。これに反し民法第百七十七條は対等の関係にある私的当事者の取引関係につき取引の安全を保護する規定であるから、一般私法上の賣買と性質を異にする前記農地買收処分には同條は適用されず農地委員会は同條の第三者に該当しない。從つて本件に於ては前記認定の様に原告シズヱは同十六年五月二十日贈與によつて所有権を取得したものである以上、同二十年一月二十三日当時は未だ登記簿上の所有名義人になつていなかつたのは爭ないところであるが、農地委員会に対し所有権を主張し得るものである。

次に原告シズヱは前記の様に同十六年五月二十日本件農地は原告シズヱの所有に帰し同二十二年八月二十六日其の所有権移轉登記も完了したものであるから、其後に原告秀彦の所有として樹立した買收計画は勿論之を認容した被告の裁決も共に無効である。仮りに無効でないとしても違法処分であるから取消さるべきものであると主張するので考究するに、登記簿上の所有名義人と実際上の所有権者とが相違する場合には実際の所有権者を標準として買收を行うべきである。勿論行政廳としては買收計画を樹立するのに名義上の所有権者と実際上の所有権者と相違するか否かを一々調査するのは困難であり、しかも今般の農地改革の様に短期間内に完成せねばならぬ事情の下では、右調査の上樹立することは殆んど不可能とも云えるので名義上の所有権者について買收計画を樹てることは一應は違法でないと是認されるが、実際上の権利者と異る場合には実体上の違法があるものとして該処分は当然無効ではないが取消さるべきものと解するが相当である。從つて前記認定の様に同二十年十一月二十三日の買收計画樹立の基準当時に既に原告シズヱが眞の所有権者であつたのに名義上所有権者の原告秀彦の所有として樹立した買收計画は勿論之を認容した本件裁決も共に違法であり、当然無効とは云えないが取消さるべきものである。

右理由により他の爭点の判断を俟つまでもない当然無効を前提とする無効確認を求むる点は理由ないが、取消を求むる本訴は正当で認容する。

訴訟費用については民事訴訟法第八十九條、第九十三條を適用し之を二分し各其の一を原告秀彦と被告の負担とする。

仍て主文の通り判決する。

(裁判官 仲地唯旺 木本楢雄 尾崎力男)

(目録省略)

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